本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 旅行記 > 大阪の隠れキリシタンⅢ

 大阪の隠れキリシタン Ⅲ


今年最初の旅は大阪へ。高山右近の列福式に参加するため、前々日から現地入りして、右近ゆかりの地を訪ねようと計画しています。宿泊は今回も親友Aの家。毎度お世話になります(((o(*゚▽゚*)o)))



羽田より


羽田空港から伊丹空港へ。関空が出来てから随分経つけど、国内線はやはり伊丹が便利ですね。特に北部に行きたいのなら。

早めに到着してぼんやり待っていると寝てしまいそう。いかんいかん、今回も一応基本は一人なのでうかうかしていられないのです(;^_^A


服部緑地公園


大阪に着いて友人と待ち合わせ、とりあえず服部緑地へ。今回はキリシタンゆかり地だけでなく、思い出の地も回ろうとしているので観光地は少なめです。

昔来たことがある所が今どうなっているかなんて、確かめる必要があるか分からないけれど、来てみたら思い出すこともあって、思い出せばうれしくなることもあります♪

立ち寄り先の近くに大阪泉キリスト教会もありました。家を改築したような感じですね。
そんなこんなで旧交を温めているうちに本日は終了。明日に備えて早寝しましょーか (o^^o)



服部緑地

服部緑地

大阪泉キリスト教会

大阪泉キリスト教会


 2日目は高山の里へ (⌒∇⌒)


バスで高山へ


夜が明けて、千里中央駅でSさんと待ち合わせて高山へ。高槻在住のSさんとは以前から親しくしていて、明日も一緒に列福式に行くのです。

右近が領し、民の70%以上がキリシタンだったという高槻から、今もクリスチャンが多く誕生しているのは喜ぶべきこと。右近もきっとそうだろうなと思い。

バスは30~40分もかけて山道を登ったり下りたり…ちょっと気分悪くなってきました。Sさんに酔い止め(遅いかもしれないけど)をもらって少し安静に。でも気持ち的にはテンション高めです☆



高山コミュニティセンター右近の郷


「高山」バス停に着いて見回すと、豊能町立高山コミュニティセンター右近の郷が背後に。分かりやすいので、まずはここを目指すこととしましょう!

この場所はかつて弓や馬の稽古をする的場という所だったそうで、6歳まで当地に住んでいた右近もきっと来たことがあったはず。この辺りを走り回っていたかもしれません (^^♪


高山右近夫妻像


センターの前に建てられているのが高山右近・志野夫婦像。

豊能町のHPには「高山右近さんは、当地豊能町高山が出身地であり、奥様の志野さんは、豊能町余野が出身地です。高山右近ご夫妻の石像は、世界でこの場所(高山)だけです。一度ご覧にお越し下さい」と熱いメッセージが書かれています。

仰せの通り、見に来ましたよ。解説板も設置されていて良い感じです。同じバスで来た婦人グループも遅れて到着し、お互いに写真を撮り合いました。一人の方は「明日列福式で歌うのよー」と言っていて、「どちらからですか?」と訊かれてSさんが「高槻からです」と言うと、「おおー」と。この「おおー」とくる辺りが、さすが右近クラスタだなと思いました。



右近のふる里

像について

高山右近夫妻像

高山小学校跡

神社と石の道標


列福式の前日だというのに、高山まで足を伸ばす人は少ないのか、意外や人出はまばら。私たちを加えても、ほんの数人規模です。

コミュニティセンターの前には古い神社が。この前が昔の街道だったようです。今では脇道になっているけれど。石の道標には「左かつをち三十丁」と刻まれています。

さっき通過した勝尾寺のことでしょう。昔の人がランドマークにしたものがうかがえます。右は「みのを八十丁」って書いてあるようですね。今でいう東海自然歩道につながっているのかな?



高山高札場跡


車道を渡ると、やはり街道だったろうなと思しき小道の脇に高山高札場跡が。復元された跡はとても慎ましやかですが、江戸時代にはもっと恐ろしげに高札が掲げられていたのではないでしょうか。

幕府の御禁制のキリシタン、その大旦那とも言うべき高山右近が幼少期を暮らした里だったのですから。しかも禁制の時代になっても隠れキリシタンがいたことも分かっています。幕府の目が厳しくなかったはずはありません。

高札場跡を覗いてみると、たった一枚、切支丹禁制の高札だけが掛けられていました。高札の出来栄えは、皮肉にもかなり精巧。解説板によると、「地蔵尊の蓮華座下部に変形クルス紋の先端部とも見える図柄がある」とのことですが、確認できませんでした。眉唾ですかねぇ。。



解説板

高山高札場跡

地蔵尊

切支丹禁制の高札

高山の里


高札場跡前の小道を行くと、里山の風景が広がります。前に見えてきたのは西方寺。お寺にしては若干サイケデリックな色合いですが、なにか仏教的な理由があるのかも(あるいは好み?)。

道を進んで山を登れば高山城跡があるはずですが、かなり距離がありそうで、とてもじゃないけど今日は無理。

そっか山の上では生活しにくいから、里山に下りてきて高山一家は暮らしていたんですね。西方寺前方の土地が、高山飛騨守(右近のお父さん)や右近が日常生活を送った殿所(とのじょ)跡と言われています。


西方寺


西方寺に到着。右近の時代の祈祷所跡とされる場所です。

元々高山飛騨守は熱心な浄土真宗の信徒で、この寺を大事にしていました。高山一家がキリシタンになってからは、ここがキリスト教の、今で言う教会のように使われたようです。

高山飛騨守の母がキリシタンに改宗した際に、洗礼を受けた場所だと言い伝えられています。

右近(この頃の名前は彦五郎)は生まれてから6歳までの幼少期を高山で過ごした訳ですが、自然に囲まれた穏やかな環境で良かったように思います。都会の喧騒の中では、心も近視眼的に、狭くなりがちですから。後に大きく長い目で見て、天国を目指していった右近の姿はここに起源があるのかもしれません。右近にとっては心の揺り籠だったかもしれませんね☆彡



西方寺

西方寺

高山右近生誕の地


左手に出てきた道に折れると「高山右近生誕之地」碑が。

実際に生まれたのは高山城ですが、里の見やすい場所にも記念碑を建てて顕彰してくれているようです。

おむすび型の自然石に彫られた文字は、誰の揮毫か知りませんが、奇を衒ってなくて良いですね。右近自身がとても真っ当な人だったと思うので。十字架が付いているのでカトリック教会で建てたのかと思いきや、碑の寄贈者は個人の方となっています。サンキュー大西昇さん!



高山右近生誕之地

高山右近生誕之地

裏面の解説

高山マリアの墓への登り口


さて高山行きのバスなのですが、千里中央駅から出る便は終日でも3本しかなく、私たちは9:10のに乗って来ました。当然帰りも3本きりなので、10:52のを逃したら午後お昼過ぎまで便がないと現実が。時間つぶせる店なんて皆無だし (´;ω;`)

つまりバスで来た者が高山に滞在できるタイムリミットはおよそ1時間。あともう一か所見たい所があるんだけどな…。それは「高山マリアの墓」!

登って行きますが…


高山集落の北に位置する丘の一角に「高山マリアの墓」と呼ばれる、隠れキリシタンのものと見られる墓碑が4基あるそうな。

15分しかないけど「高山マリアの墓」へと小走りで向かい、案内標識のある登り口まではやって来ることができました。

もう私はバテバテなので、Sさんに願いを託し、Sさんダッシュ。文科系だけど、私と違って頼りになるわー。しかし道はというと、案内標識が出ている割にはプライベート感満載で、行けば行くほど細くなり、これでいいのかと心細くなる…。


本格的な山になってしまって断念


道の果ては山中で、ここで時間的にも装備的にも終了。Sさん曰く、山歩きの恰好でないと無理だとか。そんな感じですね(私は後ろから見ただけだけど)。薄暗い山道を進まねばならなさそうです。

「高山マリアの墓」は禁教令下に暮らしていた、二組のキリシタン夫婦の墓だと伝えられています。高山は高山一家が去ってからも、隠れキリシタンの里として存続していたんですね。

東海自然歩道でなら下音羽や忍頂寺にも行けるから、そちらの隠れキリシタンの里とも行き来があったかもしれません。想像の域を出ませんけども (^_^;)



千里中央駅


千里中央駅(略称せんちゅう)に戻って、今度はモノレールに。千里中央はニュータウンって感じですね。どこか懐かしさを感じさせる新しさ、です。

日本で初めての大規模な住宅都市、千里ニュータウンは1962年の街びらきから半世紀が過ぎ、団地建て替えなど今正に生まれ変わろうとしています。

60年代の開発に携わった村野藤吾や山口文象(2人ともクリスチャンで建築家)の作品が建て替えられつつあると聞きます。少しは意匠を残しつつ、リニューアルされるといいのですが。



万博記念公園


そんなこんなで万博記念公園へ。こちらも再開発真っ最中ということで、最近オープンしたエキスポシティには若い人の流れが押し寄せているのだそう。

あの太陽の塔がある所には、丹下健三が担当した大屋根があったはず。塔が突き出してたんですよね。

大阪万博会場の基幹施設計画とお祭り広場の設計は丹下健三がしたのですが、丹下健三もクリスチャン。日本はクリスチャン人口が少ないと言いますが、いるところにはいるのです♪


万博記念公園

万博記念公園

エキスポシティ

エキスポシティでランチ


目移りするほど素敵なカフェとショップが並ぶエキスポシティでランチ。広いフードコートが気に入りました。休日なら家族連れでという絵が容易に描けますね。

高度成長期なんていうものは半世紀も昔のことになりましたが、人の心がその時なりの流行りに流れていくことは同じで、今は今なりの素敵さに人が押し寄せているなと。

自分もその渦中にある訳ですが、流行りは楽しむとしてもそこに溺れずに、不変なものも見つめていたいと思います。雨が降ったり止んだりで気圧の変化が激しいのか、ちょっと頭痛がしますが、負けないぞ。



 箕面にも♪


東海自然歩道


思い出の地に行きたくて箕面にも足を伸ばしました。慣れない私を連れて行ってくれるSさんにお礼の言葉もないです。

きびだんごもらったワンコのように、これからSさんに何かあったら私が駆けつけます!

駅前の足湯は終わっていて入れなかったけど、名物のもみじの天ぷらを買ってもらいました。もう鬼退治お供するしかないですね (o^^o)ワン


もみじ

もみじの天ぷら

ボンズでちゃんこ鍋


Sさんと別れると同時にAに会い(この絶妙なタイミングはダメな私の引き継ぎ式のようだった)、吹田駅のボンズでちゃんこ鍋を。

ここも目的地の一つだったのでちょうど良かったです。明日は列福式なので長居はできませんでしたが、いろいろ話せて良かったです♪





        聖地巡礼が流行ってる?


最近、聖地巡礼がブームだそうです。聖地と言えばクリスチャンにとってはエルサレムですが、昨今はアニメや漫画の舞台となった町のことを聖地と呼び、そこを訪れる聖地巡礼が流行っているとのこと。

ニュースをつけていて「聖地巡礼に〇〇へと訪れる観光客が住民に迷惑をかけている…」などと聞こえてくると、私などは何のことだろうと頭の中にクエスチョンマークが点滅して困るのですが (;^_^A

しかしよく考えてみると、それくらい何か実感を得たいという気持ち、その場に立ち主人公と同じことを感じたいという欲求は、大昔のキリスト教徒とそう変わらないように思えます。対象が違うだけで。

今回は高山右近へのオマージュを込めた聖地巡礼なのですが、実感することにプラスして確認という要素も忘れないでいようと思っています。400年前に蒔かれた種がどんな実を結んでいるのか、その確認を現場に行ってしてみようかと。

五感と精神の目をぱっちり覚まして見てくることができますように!





                                         NEXT >>