本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 旅行記 > 哀歌~響き合う心Ⅰ

 哀歌~響き合う心 Ⅰ




三月のお彼岸ウィークに三重へ、そこから名古屋へと行くことになりました。墓参りのついでに寄れる所を訪れてみようと思い。しかし史跡めぐりを始めて早9年、そろそろ三重は行き尽した感が…。少々倦怠を感じながら、まずは用事を済ませに行って参ります♪



殉教地じゃん!?


着いたのは松阪。朝我が家を出れば10時には着けます。駅近くでレンタカーを借りて向かう予定だったのですが、レンタカー会社から「駅まで迎えに行きます」と連絡が。

徒歩圏なのに何でだろう?と思いながら、迎えの車に乗ると、どんどん駅からは離れ、車で10分ほどかかるお店に。私は駅前支店で予約したつもりでしたが、どうやらこちらの支店を選んでいたよう。どおりで「迎えに行きます」と連絡くれたはずだと納得しました。。

しかし!私のドジにも御心があったようで(?)、その店から墓方面へと向かっていると、沿道に見覚えのある風景が。「あ、ここ殉教地じゃん!?」

キリシタン殉教地をめぐりを始めたばかりの何年か前に、一度訪れた場所でした。あの駅近(えきちか)ならぬ駅遠(えきとお。こんな言葉ないけど)支店で車を借りたのは、神様が私たちにここを通らせるためだったのかもと思ったりして、とりあえず気合い入れ直しました。たるどっちゃいかんですな☆



白山神社跡


夫に言って車を止めてもらったのは、白山神社跡の前。

松阪の殉教地、高町にある神社跡です。

近年土地改良と整備が行われた高町は、住宅地以外は一面の農耕地。

どこでキリシタンの処刑が行われたか、研究不足の私は知らないのですが、ここは一応松阪のキリシタン殉教地候補だなと思います。キリシタンを処刑するとき、神社仏閣の境内が用いられたことは、地方では多々あるので。長閑な田園風景からは想像もつきませんけどね。



高町の水路

高町の水路

松阪市高町

高町


高町には高速道路がどーんと通り、その下の車道も交通が激しくて、昔から往来の多い所だったように推察できます。

また人工の水路かと思った水流は、川だったようで、橋の親柱が空き地に残されています。

川などの水流があることも、殉教地によくある特徴ですね。斬罪の場合、血が多く流れますので、その処理に便利なよう、川辺に処刑地を設けたのです。

ここ高町で一家もろとも斬罪となったのは、はかり屋九兵衛という人物。「はかり屋」というのは屋号で、本名は鳥谷九兵衛。身分は商人だけれど苗字帯刀が許された、松阪の有力商人でした。九兵衛は日野町に大きな邸宅を構えていたのに、どうしてここで処刑されたのか?

また、有力商人がキリシタンになるほど、松阪では広くキリスト教布教がなされていたのか?等々、分からない(私が知らない)ことが多いですが、「謎だ」と一括りにしてしまわないで、コツコツ調べていかなければいけませんね。ほんと、偶然みたいにして、ここを通らせてもらえて良かったです。



高町

高町屋橋跡

高町屋橋の親柱


 墓参りを終えて名古屋へ☆


伝馬会所 札の辻


伯母を迎えに行って墓参をし、今年のやるべき事を一つやり遂げたような気持になって、名古屋へ。

今夜は名古屋に泊まって、明日名古屋城を見て帰ろうかと。本丸御殿とやらが再建されたとニュースで見てから、行きたくてうずうずしていたんですよね。

今日のところは宿に荷物を置いて、近場にある史跡へと繰り出します。こちらは札の辻跡。キリシタン禁制の高札が掛けられていたのは、交差点の東南角と書かれているので、あのビルの前辺りですかね。ちゃんと解説板があってうれしいです♪



解説板

絵図

高札場は東南角

高札場跡

時分鐘


碁盤目状に城下町が広がっていたんだなと実感しながら、散歩気分で歩いて行くと、時分鐘なるものが。時を報せる鐘があったようで、その何分の一スケールのミニチュアが置かれています。

ふと見るとここはもう神社の境内で、桜の紋が幟旗にも建物にも刻まれております。ビルの谷間にありますが、由緒正しい神社なのかな?


桜天神社


興味を引かれて桜天神の由緒書きを見てびっくり。地下鉄の「桜通線」って、この神社前の道が桜通と呼ばれたことから名付けられたんですね!

そしてもう二つびっくりなことを発見。ここ昔、万松寺だったそうです。父 信秀の葬儀のとき、信長が抹香をわしづかみにして投げつけたことで有名な。

今は大須にあるからそちらかと思ってましたが、その事件はここで起こってたんですね。危うく向こうの方に行くところでした (^_^;)

それからここに加藤清正が来て、桜の大樹の下で茶会をしたんだとか。名古屋城築城の折に、桜を愛でに来たんですね。清正はキリシタンのことを不俱戴天の仇のように嫌い、また迫害していたので、私はアンチ清正派。しかし私も彼も同じ名古屋人なので多少気持ちが分かるときがあります。誇らしい気持ちで城を築いていたんでしょうね。故郷に錦を飾るような思いで。



時分鐘

桜天神

桜天神解説板

解説板


 車道駅で下りて


愛知大学


では地下鉄に乗って車道駅へ。ほんとは高札場くらいを見て宿に帰るつもりでしたが、松阪で気合が入り、楽を求める心を一掃いたしまして。

地上に出ると愛知大学。こんな所にあったんだっけ?見覚えのある布屋さんがちょっと懐かしいです。

子供の頃暮らしていた街を訪れると、思いがけないところで懐かしさのカウンターパンチにあってフラッとすることがありますよね。思い出っていい事ばかりじゃないし、幸せだった思い出が今は辛いということも。それで急に気持ちが落ち込むこともあるので、要注意です。私にとって名古屋は (T_T)



カトリック布池教会が見えてくる


しばらく歩くとカトリック布池教会の後ろ姿が。「え、ただの結婚式場じゃない?」と言う夫。指差す方を見ると、教会だと思った建物にショーウィンドウがあって、婚礼用のドレスが飾ってあります。

あれ?地図で見るとここなんだけど…。とりあえず向かって行くこととしましょうか。教会で結婚式をするのはするけれど、結婚式場としてビジネス展開しているというのはあまり聞かないんですけども。。



名古屋教区司教館


道の左手には名古屋教区司教館。カトリック布池教会は司教座が置かれたカテドラルだから、その隣であるここに司教さんがお住まいなんですね。

向こうにある建物はカトリック名古屋教区の教区本部センターですね。

ということは!内部にキリシタン史料室があるはず。カトリック名古屋教区よって出された「あかしする信仰」という本にそう書かれていました☆

しかし突然来訪して「見せてください」とは言いにくいので、今日はスルーしかなさそうですね。うーむ、いつか...(~_~;)



名古屋教区司教館

教区本部センター

教区本部センター

カトリック布池教会


角を曲がるとカトリック布池教会の真正面に。

すごい!空に向かって伸びる日本の尖塔の優美さよ。

1963年に献堂されたこの大聖堂は、2015年国の登録有形文化財となりました。

教区の中心、大聖堂の周りにはカトリック系の様々な施設が集まっているため、案内図が出ています。それによるとさっきのウェディングっぽい建物は挙式受付を担当する聖ヨゼフ館というそうです。大聖堂に向かって左手には外語学校と文化センター。いろいろ学べるんですね。


ここは結婚式場か?


折しも聖堂前は結婚式の引き出物を持った人たちが集まっていて、披露宴の帰りなのかな?という感じ。お祈りしようと聖堂に入ると、ウェディング担当者とカップルの先客がいて、式はこんな風になりますよ、みたいな案内をしていました。なんか…、荘厳な信仰的な雰囲気に、カジュアルで世俗的な価値観が割り込んでいる感じ。

教会も経済的に運営しなきゃいけないものだし、ここで式を挙げたいカップルもいるんだから、お互いにとって都合がいいのかもしれませんが、あまり積極的にウェディング部門を推進するのは…ですよね。教会敷地内の建物にショーウィンドウを設置して、華やかなウェディングドレスを陳列するというのはどうも (;´Д`)

「 挙式受付 聖ヨゼフ館」と、司祭館みたいな名前が付いてますが、見た目からして店なんですよね。中に入ったらウェディングプランナーが出てきそうです。その辺どこかで線を引いて、もう少し教会活動としてふさわしい範囲でしてもらえると、祈りに来る者が複雑な思いを抱かなくて済むのかと。私は部外者ですので、そうお願いしたいなーと言う外ないんですけれど☆



カトリック布池教会

案内図

信者会館・司祭館

庭のマリア像

国の登録有形文化財

大聖堂入口

外語専門学校

挙式受付 聖ヨゼフ館

聖パウロ書院


大聖堂と道をはさんだ向かい側には、ウェディング部門とは対照的な雰囲気のキリスト教書店が。

質素かつ信仰深い感じに惹かれて、思わず扉を押しました。中は小さいながらも心地よい空間で、置いている本やグッズは最新の流れをよく汲んでいます。

表の看板のところに女子修道会の名前が書かれているので、そこの方が運営しているんでしょうかね。子供向けの高山右近の本を買ってしまいました。荷物になるなと思ったけど、ここで買いたいと思って♪



聖パウロ書院

福信館


 今池の教会たち♪


日本バプテスト 名古屋キリスト教会


地図を見ていたら、今池の辺りに教会が多いなと思ったので、今池へ。

ちょっと疲れてきましたが、まだ日も明るいので。

今池の繁華街は相変わらずの喧騒で迎えてくれましたが、トコトコ数分歩くと素敵な教会が! こちらの日本バプテスト名古屋キリスト教会は1952年に竣工し、1953年に献堂された歴史ある教会だということです。古き良き時代の雰囲気が残る教会堂に感激です。

現役の教会としてこういう建物が残っているのは、まず地方くらいしかないと思っていたのですが、名古屋のど真ん中、今池のようなちょっぴりダークな歓楽街のイメージがある街にこんなに素朴で清廉な印象の教会堂があるなんて。60年以上も前、現在の今池となる前からこの地にあったからこそかもしれませんね☆



名古屋キリスト教会

定礎1952年

名古屋キリスト教会

名古屋キリスト教会

郷土偉人塔


地図で見つけたもう一つの教会に行こうと歩いていると、子供たちが遊ぶ公園が。その一角に「郷土偉人塔」なるものがありました。

塔の基台には郷土出身の偉人の名が刻まれているのですが、
「加藤清正
 徳川家康
 山内一豊の妻」って…。

山内一豊がちょっと可哀想 (´;ω;`)?
というか、時代とか分野とかを全く関知せず、かなり自由に選んでいる感じがします。恐らく個人の裁量で、選考基準もアバウトに、でもちょっとドラマとかの影響受けてるかも?みたいな感じで…自由過ぎるわー!と心の中でツッコミました。しかしこれが思わぬ愛嬌を醸し出しているのは怪我の功名。何はともあれ公園で遊ぶ子供たちよ、元気に育て。



郷土出身の偉人

郷土出身の偉人

日本福音ルーテルなごや希望教会


しばらく歩くと、先ほどよりも古く、素朴さを5割増ししたような教会が。

こちらの日本福音ルーテルなごや希望教会は、なんと2015年に100周年を迎えた教会なんだとか!

え、え、ほんと~?と調べてみたら、こちらの教会が名古屋で伝道を始めてから100年ということでした。この教会の教会史を詳しくみたら(ネットですぐ調べられるって便利な時代になったもんです)、この場所から100m北に会堂が建てられたのが1930年、現在地に教会堂ができて献堂されたのは1949年のことだそうです。

それでも長いですよね。もうすぐ献堂70周年ですから。この教会には戦後から復興してきた底力みたいなものを感じます。また日本人の古き良き感性も。これを「レトロ」と片付けてはいけないなと思います。初めて見たけれど愛着がわく教会堂です (o^^o)



なごや希望教会

なごや希望教会

牧師館?

ココイチで


予定より歩き回ったので悶絶するほど疲れています。ホテルに戻る道筋にココイチがあったので入店。ヒレカツカレーで手を打ちます。

それにしても名古屋は「街」ですね。飲食店に事欠かなくて便利です。地方だと県庁所在地でも夜になると飲食店が閉まって困ることがしばしば。都会の便利さと地方のゆったりさを両立する術があればいいのにな♪




          罪を知る


罪を犯すことも怖いけれど、罪を罪だと思わないのも恐ろしいことです。人は自分の考えを正しいと思って行動していくのですから。

戦国なら戦国、現代なら現代と、自分が生きる時代に従って、その時代に良しとされたマインドで生きていくのが普通ですが、その時代の常識が間違っていたということも多々あります。

クリスチャンは聖書にある真理を心と行動の規範にしたために、その時代の常識からはみ出しているように思われ、為政者に「まつろわぬ者」として嫌われた訳ですが、信仰と愛を大切にした精神は、現代なら評価されるべきこと。

現代であっても、未来からすれば後進的な考えに縛られて、罪を罪とも思わずに生きてるかもしれません。時代のマインドからはみ出すくらいの、真理と愛に目覚めたいなと、内心強く思っております (●´ω`●)





                                         NEXT >>