本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 旅行記 > 続・韓国巡礼 part1

 続・韓国巡礼 part1


今年のGWは2年ぶりの韓国へ。前に来たときに知り合いになったミカエル夫妻(切頭山殉教地の博物館でボランティアガイドをして下さったご夫婦)とは夫がずっとメールでやり取りしていたので、その方々に会えたらなという気持ちもあります (o^-^o)

すべてを主に委ねつつ、期待に胸をふくらませて、再び韓国巡礼に出発!



羽田空港


今回も選んだのは羽田空港。チケットが高いという人もいますが、カレンダー通りにしか休みの取れない私たちには、時間が有効に使えるのが一番です☆

目指すはソウルの金浦空港。そこから切頭山(チョルトゥサン)殉教地へ行き、ミカエル夫妻に会えたらラッキーなんですが、韓国と日本では時々メールが届かないことがあって、ここ数週間連絡が取れてないんですよねぇ。。


切頭山殉教地へ


飛行機は無事ソウルに着き、地下鉄で市内へ。やはりT‐moneyは便利です。

これを導入した李明博(イ・ミョンバク)に感謝したいところですが、今は日韓関係が微妙でそうも素直に言えないですね。

李明博は大統領になる前、ソウル市長だったときには、T‐money導入したり、清渓川(チョンゲチョン)をキレイにしたりといい政治家だったんですけど、人は権力を握ると、それも国のトップの座に就くと変わるんでしょうか。

李明博もそうですが、韓国はクリスチャンが多く、キリスト教の国とまで言っていいかは分かりませんが、日本人の私からしたらカルチャー・ショックを受けるくらい信仰的だと感じる国です。切頭山殉教地もそうですね。ソウル市内にこんなに広く整備された殉教公園があるなんて・・・(゜ロ゜)


切頭山殉教地へ

切頭山殉教地

切頭山殉教地聖堂

ヨハネ・パウロ2世

金大建神父像

野外展示

野外展示

切頭山殉教地内

切頭山殉教地 体験館


前回ミカエル夫妻と出会った切頭山殉教地の体験館で、夫妻のことを訊いてみたら、今日は来ない日なのだとか。

日本に高価な資料まで送って下さったから、お礼だけでも言いたくて、夫がミカエル氏に直接電話をしてみたところ、「近くにいるから待ってて」とのこと。

30分ほどすると、ご夫妻が到着。どうやら家にいたのを車を飛ばして来てくれたようです。お礼が言いたかっただけなんですけどね。有り難いことです。再会できてうれしいですし♪


ごちそうになりながら・・・


資料館の展示が変わっていたのでそれを案内してくれてから、ご夫妻の車でヨイドへ。おしゃれで高級そうな店でお昼をごちそうになりながら、あれこれと対話を。

私も2年間で少し韓国語ができるようになったので、最近は茶山(タサン)という人に関心があることなどを話しました。王の信任を受け、今では世界遺産となっている水原華城を造営したのですが、クリスチャンだという理由で配流された人なのです。

ちょうど私がやっているNHK韓国語講座で、その人のことを取り上げた文章を教材にしていたので、多少は知識が増し、こうやって韓国語プラス迫害されたクリスチャンを学べる機会が与えられたのは、きっと天の配剤だろうと思っていたので、それを話したかったわけで (-^▽^-)ホホ


車に乗せてもらい


「では行きましょう」と夫妻に促され、再び車中へ。私は単に「こんな人もあんな人もいて、韓国キリスト教界はすごいですね」と話しただけだったのですが、それなら連れて行ってあげようと思ってくれたようです。

いいのかなーと思いつつ、それでもこんな機会でもなかったら行けない場所なんだろうと思い・・・お言葉に甘えることに。漢江を渡って、どこに行くんだろう~?


クサン聖堂


着いたのはクサン聖堂。それほど大きくないですが、聖キム・ソンウ(洗礼名はアントニオ)という聖人ゆかりの場所に建てられた聖堂みたいです。

修復中になっている建物が生家だという話ですが、そちらは都市開発のためになくなるかもしれないと話してらっしゃいました。

韓国でもそんなことがあるんですね。日本なら殉教地でも案内板一つ出てない所はザラですが (´ヘ`;)


クサン聖堂

クサン聖堂の歴史

クサン聖堂

聖堂内

聖キム・ソンウ

庭のマリア像

庭とベツレヘム

修復中の建物

山の方へ


クサン聖堂は途中にあるから寄っただけで、ご夫妻が私たちを連れて行ってくれようとする場所はもっと先にあるようです。

車はどんどん郊外へと走って行き、随分と遠くに向っている印象が。えっと、どこに向っているんでしょう??


茶山文化館


到着したのは茶山文化遺跡地でした!

私が「茶山茶山」言ってたので、車を飛ばして一番いい所まで連れて来てくれたようです。

茶山文化遺跡地というのは、一帯が茶山関係の史跡や博物館で構成された一大テーマパークのような所で、茶山のお墓まであります。たくさんの人が訪れているのを見ると、茶山という人の人気ぶりが覗えます。日本ではあまり有名ではありませんが、韓国人にとっては知ってて当然の人なんでしょうね☆



茶山文化館

文化館内部

建設機械「挙重器」

挙重器(コジュンギ)解説

水原華城築造

解説板

茶山の著作

茶山の家系図

船橋(ペダリ)


実は茶山というのは号で、本名は丁若鏞(チョン・ヤギョン)といいます。

この家は5人兄弟で、その中に丁若銓(チョン・ヤクチョン)、丁若鍾(チョン・ヤクチョン)、丁若鏞(チョン・ヤギョン)がいたのですが、いずれもクリスチャンで迫害を受けました。

丁若銓は朝鮮王朝最高の魚類学者でしたが黒山島に島流しになって死に、丁若鏞は朝鮮王朝最高の実学者で水原華城等を築造しましたが、18年間もの間、全羅道康津へ流刑になりました。そして丁若鏞はキリスト教(天主教)の信仰を守るために殉教し、韓国天主教の先祖として天真庵(チョンジナム)に埋葬されています。

上の写真は茶山が考案した船橋(ペダリ)。いくつもの船を並べて橋にしたものです。文化館に展示されていた挙重器(コジュンギ。今で言うクレーン)等の実用的な発明をする一方で、税制改革や農業政策についての著作を著すなど、学者としても活躍しました。「韓国のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と言ったら言い過ぎでしょうか。



船橋(ペダリ)

船橋(ペダリ)解説

船橋

銅像

与猶堂(ヨユダン)


「与猶堂(ヨユダン)」の扁額が掛かっているのは茶山の生家。茶山は今から200年ほど前の人ですから、たぶん修復したか再現したものだと思いますが。

この場所が読書にぴったりだからと「与猶堂」と名付けられたそうです。

茶山はここマヒョンで生まれ、マヒョンで亡くなりました。40歳で流刑になり57歳で故郷に戻ってきて、75歳で亡くなるのですが、ここで穏やかな余生を送ったことでしょうね。子供たちが生家の井戸端で遊んでいました。とても平和な光景です (‘ ∇‘ )



茶山生家

オンドル

「与猶堂(ヨユダン)」

「与猶堂」の碑

茶山の墓所


さて韓国天主教草創期に、どうやって茶山は信仰を持つようになったかというと、李檗(イ・ビョク)という人を通してキリスト教に接し、西洋の学問に目を開いたと考えられています。

茶山は流刑にされてから著述に励み、亡くなるまでに500冊もの本を書き、思想を確固たるものにし、後世に伝える働きをしました。

著作が多いからといって内容が薄いということはなく、朝鮮王朝の現実を多角的に分析し、どういう政策が効果的であるかをじっくりと検討しています。茶山はどうやって社会を発展させ、人々を実際的に幸福にするかを考えた、実学者なんですね。思想だけで勝負したのでないところが人気の所以かもしれません。

また茶山にキリスト教を伝えた李檗は李檗でまたすごい人で、この人の話をしたら長くなってしまうので省きますが、韓国天主教先祖として天真庵に葬られています。一方、茶山のお墓はここにあります。

天真庵に埋葬されることはとても名誉なことですが、茶山は故郷に葬られてうれしく思っているかもしれませんね。多くの人が訪れる公園で、親子連れや学生たちを眺めながら、静かに笑みを浮かべているように感じました。お墓なのにとっても明るい感じで♪



茶山の墓所

解説板

野外展示

広大な敷地

 あのぅ、いいんですか!?


マジェ巡礼地の聖堂


続いてマジェへ。茶山ら5兄弟とその姉妹3人の故郷です。

ほんとに良い所に連れて来てもらえて感謝です。

彼らの生家から500m離れたここに巡礼地が作られたということで、一見お寺のような聖堂と祈りの庭が整備されています。


殉教顕彰碑


庭には殉教顕彰碑と穏やかな笑みを浮かべる聖母子像(ページのトップに上げたもの)。花の季節だからまた特別にきれいです☆

殉教者とは、1801年に起こった辛酉(シンユ)迫害で処刑された丁若鍾(チョン・ヤクチョン。洗礼名アウグスティノ)とその息子のこと。

脇に設けられた展示スペースにその父子の銅像が置かれ、丁若鍾の家族が教理を学んでいる様子が人形で再現されています。「起きよ、光を放て。殉教者たちの栄光よ」と書かれています。



聖母子像

刑具

巡礼地

父子の銅像

聖家族の人形

聖家族

足元には言葉

十字架の道

蓮池


静かな祈りのときを持ってから、また少し観光客の多い所へ。雰囲気がいいとカップルに人気があるという蓮池に来ました。

それもここが茶山ゆかりの場所だからですね。茶山の名前を冠した散策路があります。初夏になると蓮が満開になって素晴らしいのだとか。

そりゃあカップルに人気でしょうね。トゥムルモリという、二つの川が合流する所の景色が良いのだと、NHKラジオ韓国語会話で聞いたことがあったので、案内板で名前を見つけてうれしかったです。少しでも知っていることがあると、「おー」と感激できて♪



案内板

茶山の道

散策路

蓮池

カササギが


見るとちょこちょこと歩くカササギが。韓国ではカササギに、喜ばしい知らせを持った客が来る(?)みたいな意味があるそうです。

私たちがそうだったらいいな。いや、今日の場合はミカエル夫妻が私たちにとって思わぬ援軍で、喜ばしい存在ですね。感謝せねば (o^^o)



 水鐘寺へも・・・!


水鐘寺(スジョンサ)の山門


夕方となり、少し暗くなってきましたが、あともう一か所と水鐘寺(スジョンサ)に。ここもNHK韓国語講座の茶山のところで出てきたので、少し話に出していたのです。

しかしどこにあるのか知らないので、行けるものかも分からず、リクエストはしていなかったんですけども、夫妻が気を回して、さりげなくコースに入れてくれたのです。

水鐘寺はソウル郊外の小高い山にあって、駐車場まで行くにも車のギアに気合を入れてもらわないといけないほど。そこから「少し登るよー」と、マリアさん(ミカエルさんの奥さん)が言ってましたが、これほどとは…。結構登り、キツかったです!



本堂


歴史的建造物の山門をくぐって境内へ。また山を登って本堂まで来ました。先日お釈迦様の誕生日だったので、その飾りが華やかです。

ここの住職と茶山は親しくて、流配の憂き目にあっていた頃、時々寺を訪れては話をしていたそう。宗派を超えて通じるものがあったんでしょうね。



水鐘寺

水鐘寺本堂

八角五層石塔

南楊州の宝物

水鐘寺の鐘


崖の上に設けられた釣鐘堂には、寺の名前の由来となった大鐘が。よく響くんでしょうね。

眼下にはトゥムルモリが正に合流している様子が。風水的にもいい気が流れてきそうです。

なぜか境内に高級食堂があって、そこに茶山の真筆が掛けられていました。「茶禅一味」とはどういう意味だろう?分かるような分からないような。通じるところがある、という感じですかね?



巨樹

巨樹にまつわる話

解脱門

茶山の真筆

水鐘寺からの眺め


中央から排斥された茶山が眺めていた景色を、時を経て今自分も目にしながら、後に残る仕事をしなきゃなと思いました。

評価されないようなときにも、何かをしていてこそ、自分史に恥を残さないだろうなと。「韓国のダ・ヴィンチ」みたいなことまではできないとしても…☆


赤い十字架


寺を後にすると、ぽつぽつと雨が降り始め、次第に本降りに。今日のプログラムが終了したことを告げているようです。

しかしミカエル夫妻のもてなしは続き、私たちが今日高速バスで大田に行くと言うと、バスターミナルに連れて行ってくれ、チケットを買ってくれ(えー、いいの!?)、バスの時間までご飯をごちそうしてくれながら一緒に待ってくれました(・□・;)キャー

私たちが今夜泊まる宿に遅れることを電話しようとしていると、ミカエルさんが代わりに電話してくれ、「いい部屋お願いしますよ!」とまで。完全に韓国ホスピタリティに満たされた一日となりました。車窓には次々と現れる赤い十字架(韓国では赤い十字架がポピュラー)。クリスチャンの国だなと感じました。





        縁は異なもの味なもの


縁は異なもの味なものと言うけれど、その通りとなった今日。一度しか会ったことがない人にここまでしてもらうとは。韓国人の情とホスピタリティに圧倒され、驚くばかりでした。

それでいて「私が好きでやっていることだから」と、負担にならない言葉と態度で接してくれます。またミカエル夫妻はクリスチャンだから、「栄光と感謝は主にすればいい」と心を開けているようです。

単なる親切心ではなく、信仰に基づいたホスピタリティが、韓国人の中に根付いているのを感じます。神様はその栄光を受けられているんでしょうね。

日韓関係はいつも複雑にこじれているけれど、このような境地にお互いが近づけば、一気に解けるだろうになと、バスに揺られながらいつの間にか涙を流しておりました。明日もいい日になりますように♪




                                         NEXT >>