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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 哀歌〜響き合う心 U



昨日の今池で、歓楽街だと思っていた所にも祈りの歴史があったことを知り、イメージだけで判断してはダメだと反省。今日は名古屋城へ。子供の頃のイメージでは「つまんない所」でした…(^_^;)
もう大人になったから、ちゃんと歴史と意味に目を開いて行くことができますように!



名古屋城へ


名古屋駅で観光用の定期バスにのって名古屋城へ。外国人観光客がいっぱいです。

入場券を買おうとすると、受付の人が「着物の人は2割引きです」と。なんとラッキーな。張り切って着てきて良かったです☆

中に入ってコインロッカーに荷物を入れて、いざ城攻め。とりあえず城の周りを一周しながら様子を伺ってみましょうかね。


剣塀


城郭のマニアックなポイントは裏手に解説されていることがあり、地味だけど勉強になることがしばしば。剣塀(つるぎべい)や鵜の首を見ながらほくそ笑みました♪

防御と利便性と兼ね備えつつ、城という権力の象徴たる巨大建造物を築き上げる技術と知恵。さすがですのぅ。

こういったことに感服しながら回れるようになったことが、中高年になった証ですね(~_~;)チューコーネン...



鵜の首

解説板

御深井(おふけ)丸跡

解説板

足元を見ると!


ふと足元を見ると、石切鑿のくっきりした跡が。重機も電動工具も無かったときに、あり得ないですよね。

固い石を削りだして運んで積んで石垣造るなんて。かけられた途方もない労力にめまいがします。

そぼ降る雨のおかげで、石に付けられた刻印がよく見えます。丸の中に十一と刻まれたのは、何の印だったんだろう。昔誰かがそこにいたことを感じて、佇みたくなります。



織部灯籠


今日来てとってもラッキーだったのは、茶席の庭となっていて普段入ることができないエリアが開いていたこと。

念願の織部堂とその前に置かれた織部灯籠を見てまいりました!

熱田区伝馬の加藤図書屋敷にいた時に古田織部重然(=重勝)が作らせたものと伝えられています。これが見られたことは僥倖です (⌒∇⌒)



織部灯籠

織部灯籠

天守の礎石


また裏手に回って良かったと思ったのが、こちらの礎石を見て。天守の礎石だそうで、天守を再建するとき、こちらに移して残したのだと書かれています。

これらの石が、元々の名古屋城を支えていたなんて、不思議で興味深いです。城が再建されなければ、永遠に日の目をみることがなかったであろう代物ですね。

その奥にはなぜか古墳の石室も置かれていました。昔のいろんな物が城に集められているようです。



天守礎石の解説板

天守礎石

古墳の石室

入城口裏手より


不明門をくぐる前に、入城口裏手から天守を望むと、緻密に積み上げられた石垣の巧さに声を上げたくなります。

美しく反った「扇勾配」(おうぎこうばい)は清正が得意としたもので、角の部分は長い石と短い石とを一段ずつ交互にした「算木積」(さんぎづみ)。

この反りが、地震に強い構造を生み出しているんですね。去年大地震に見舞われた熊本城でも、反りのある400年前の櫓台が残り、近代になって積まれた石垣が崩れていました。

つまり名古屋城も熊本城も築いた加藤清正は、このような技術を持つ石積み職人を率いていたこということです。

時期的にも早く、規模的にも小さいこちらの天守石垣を築きながら、彼らは後にもっと大きな城を築くノウハウを蓄えたのかと。工夫、研究することで技術革新をしようとする職人たちの意気は、現代に通じるものがありますね☆



刻名の解説板

反りのある石垣

不明門

刻印

城内の展示室


では天守の中へ。内部は資料館になっていて、エレベーターで7階まで昇り、そこから階段で下りながら展示室を見て回るのが推奨ルート。

地階には金シャチ模型など。企画展でスターウォーズがナントカという展示をしていて、そちらに行列ができていました。

再建天守は鉄筋コンクリート造ですが、天井や階段も昔風に設えてあって、良い感じ。7階展望室からは四方を眺められます。



企画展

天井

展望室より

階段

石引き体験ができる


5階と4階には体験コーナーがあり、金シャチに乗って記念撮影ができたり、石引き体験ができたりします。

人気で順番待ちしていたので見るだけでしたが、金シャチには乗ってみたかったな (*'▽')コドモカ!

実は小学生の頃来て以来なので、こんなに素敵にリニューアルされているとも知らず、昔のダサイ展示室のイメージのままでした。世の中は進み、名古屋城も新しくなってたんですね(私にもリニューアルの波来い!)。



石引きコーナー

火縄銃

銅具足

刻紋

築城の割り当て


キラーン!と目が輝いたのは築城の割り当て図を見たとき。名古屋城の作事奉行は大久保長安ら9人で、諸大名も割り当てを受けて築城に携わりました。

その中には黒田長政、毛利高政、寺沢広高など、キリシタンと関係がある人物も含まれているので、その担当箇所を知りたかったんですよねー。

古地図みたいなのじゃ分からんと思っていたら、下にちゃんと図面にしたものもありました。ああ、至れり尽くせり。名古屋城愛してる (*´з`)チュー



割り当て図

担当箇所

清正が築いた石垣

算木積


 三階で城下の暮らしを☆


いきなり高札場


浮かれ気分で3階に下りると、目の前に高札場が。「一、喫煙を禁ず」とか、館内の御法度が冗談めかして書かれていますが、すんごいブラックです。

江戸時代はこうやってキリシタン禁制が掲げられていたんですから、笑えませんわ。

このフロアでは城内と城下の暮らしを展示していて、5分ほどで朝から夜までを体験できるよう照明と音響が変わるようになっています。



城下の暮らし

城内の暮らし

城下町の再現

夜です

五条橋の擬宝珠!


そんな中で見つけたのが五条橋の擬宝珠(ぎぼし)! なんと本物です。これがここにあるとは...(@ ̄□ ̄@;)

堀川にかかる五条橋は清洲城下から移設されたもので、殉教者が刑場に向う際に渡った橋。

今も堀川の所にあると思っていて、そこに見に行こうと思ってたんですが、本物はここに移されていた訳ですね。オーマイガー、これも僥倖デス。



説明板

五条橋の擬宝珠(左)

五条橋の擬宝珠(右)

本丸御殿の天井画


1階では締めくくりみたいに本丸御殿の天井画などを見ました。1660年に鋳造されたシブいシャチも。

出口付近にはこけら葺(ぶき)の模型もあって、夫の目を惹き付けていました。「こけら」とは柿のことで、こけら葺とは杉などの薄い板を何枚も重ねて打ち付け屋根にする技法。

伝統技法では打ち付けるのに竹の釘を用いるそうで、それで美しい曲線を持つ屋根が形作られるのです。知るほどに素敵さを感じます♪


天井画解説板

本丸御殿の天井画

本丸御殿の天井画

本丸御殿の天井画

透鍔(すかしつば)

シブいシャチ

シャチ解説板

こけら葺の模型


 では本丸御殿へGO!


内部へ


では天守から出て今度は本丸御殿へ。行列を作っている間、係の人が諸注意を声高に叫んでいました。一日中だから大変でしょうね。はい、ちゃんと傘はしまって、飲食物は持ち込みませんよ。

一歩足を踏み入れるとヒノキの香りが。温泉旅館を思い出しました。本丸御殿はまだ工事中で、工事は今第二期が終わったところ。2018年に第三期が完成すると全体公開されるそうです。



まず虎


最初の部屋にはまず虎。こう来るだろうなと思った通りの雰囲気です。「こういう感じだと思ったよー」と思っていたら、これが「玄関」だと書かれていました。

え、「玄関」って、まだ本格的な部屋じゃないの?

ここは御殿を訪れた人が最初に通され、取り次ぎを待つ部屋だそうな。それで強そうな虎などを描いて威圧しようとしたんですね。

まんまとその策に引っ掛かりました。来訪者はこれらのキンキラを見ながら待たされることで、御殿の主への尊敬を深めたことでしょう。やっぱり御三家はやることが…何と言うか、戦わずして屈させる技に長けていますね。



玄関

表書院

表書院

表書院

欄間も美しい


表書院は正規の謁見に用いられた建物で、15〜39畳の5部屋から成っています。

玄関よりはグレードアップして、障壁画としては花鳥図が描かれています。

向こう側が透けて見える欄間など、ここに来ると細部の細工に目を奪われますね。漆の深みあるツヤ感とか。襖の引手金具とかも凝ってます。こういう技術を継承するためにも、古い建造物や装飾品を修復、復刻することは必要なんだろうなと思いました。



対面所

天井にも注目

対面所

引手金具まで美しい

風俗画


今公開されている中では一番奥まった所にあたる対面所は、より一層ゴージャスなんだろうと思っていたら、意外にも障壁画はラフな感じに。

城下町に生きる様々な人々を描いた「風俗画」と呼ばれるもので、どこかの寺にお参りしてたり、田植えしていたり。

こういう庶民の姿を実際に見たことがなかったのかもしれませんね。対面所は藩主と身内や家臣が私的に対面したり宴をしたりした部屋なんだとか。ここではもう少し気楽に過ごしたかったんでしょうね。

玄関から表書院に至るゴージャス過剰で息が詰まりそうになっていたので、お殿様ってどんなテンションで暮らしていたんだろうと思っていましたが、お殿様もフツーの人だったんだなと感じました。同じフツーの人なのに、生まれによって身分が決まっていたのだから、生きにくかっただろうなと。



対面所

障壁画解説

欄間

床の間

車寄せ


外へ出て車寄せへ。こけら葺が見たかったものですから。確かになだらかな曲線が優雅で美しいです。

現代なら金属やコンクリートでちょちょいとかたどれる形ですが、これを木材で、薄い板を下から竹釘で打って、と知ると有り難味が分かって「ほほう」と思います。

知らないと感動は深くできないんですね (o^^o)


本丸御殿

工事中

本丸御殿入口

清正石


城内の見どころの一つがこちらの清正石。「清正」の名が付けられていますが、ここは黒田長政の普請場なので、黒田家の者たちがが積んだはず。

それでも「清正」と呼ばれてしまっているのは、勘違いもさることながら、それだけ「名古屋城普請=清正」の刷り込みがあるからかと。

私はそう認識していませんでしたが、一般に、特に昔の人はそう思ってきたということですね。ふむふむ。


解説板

清正石清正石

搦手桝形

重要文化財の門


 まだ見るものあります (* ̄▽ ̄)


清正の石曳


着物が着崩れてずりずりになっていたので、トイレで着替えて身軽にチェンジ!

有料エリアを出ましたが、まだまだ城内なので史跡が続きます。見学ルートとしては、バスで正門に来て、帰りは地下鉄駅へと抜けると余すことなく見られますね。

こちらは清正の石曳像。若武者の姿ですね。もっと年を取ったイメージだったけど、勢いに乗っていた頃はこんな感じだったんだろうな。


清正の石曳像解説

東南隅櫓

二の丸御殿跡

解説板

青松葉事件之遺跡


木陰の目立たない所にひっそりと建てられているのが青松葉事件の碑。青松葉事件とは、王政復古の大号令の後に尾張藩で起きた佐幕派の弾圧事件のこと。

濡れ衣かもしれないのに抗弁の機会も与えることなく、問答無用とばかりに斬首された者は14名にも上りました。

明治3年、遺族に対して家名の復活が認められましたが、あれは一体何だったんだろうと思ったに違いありません。

時代の転換期は混乱期でもあるので、流言飛語が乱れ飛び、疑心暗鬼も生じやすいのだと思います。ここを冷静に確認して見極めていくなら、もっと栄えある新時代を迎えられただろうにと、歴史の汚点を見る思いがします。

二の丸御殿の御前会議で決定されたことなのに、この碑が二の丸御殿跡の解説板が建つ明るい所ではなく、無料休憩所脇の人目に付きにくい場所に建てられているのは、慙愧に堪えない思いがあるからではないでしょうか。



青松葉事件解説板

那古野城跡

那古野城跡解説板

城内案内図

早咲きの桜


開花にはまだ早いかと思っていたのですが、早咲きの桜が一本だけ満開になっていました。

いいなと思ってカメラを向けると、その下の水飲み場に戯れる家族連れが。微笑ましい光景なのに、ふと心に影が差してどーんと沈むような感覚が襲ってきました。

両親の手を引っ張りながら、我が物顔で振る舞う幼い少女。注がれる愛をわがままなほど信じ切って、憂いなく…。

失くしたものを現実に見るのは、どうもこうにもやりきれない、しんどいものですね。意識の深層にある感情が、ちょっとしたきっかけで浮上してくる瞬間は、まるで地震に備える一瞬の間のようで、身構えて気を確かに持たなければ崩れ落ちてしまいそうです。



愛知県体育館


見れば水泳教室に通った愛知県体育館が。未だに15mしか泳げないんだけど、どうしてくれるんだと言いに行ったら完全にクレーマーですね (^_^;)

名城公園でレンゲを摘んで、花輪を作って遊んだのを思い出しました。「お姫様」とか言って駆け回ってましたが、「お姫様」って…(笑。



市役所と県庁


趣ある市役所駅の向こうに、名古屋市役所と愛知県庁が見えます。洋風建築の上部に和風の屋根を乗せた帝冠建築というもので、国の重文に指定されていたような?

特に市役所の方がユニークで、上の方に12体ものシャチが乗っています。「名古屋ではお城だけじゃなく、市役所にもシャチが乗ってるんだよ」って私が言ったとき、信じてくれた人ほとんでいないんですけど。。

名古屋に来たら是非見て確認してほしいです!



市役所駅

外は雨


新幹線の窓の外は雨。本降りになってきました。故郷にずっと住む人も、Uターンで戻る人もいるんでしょうけど、それより厄介なのが、時々帰る人じゃないでしょうか。

メランコリックな気持ち、笑える思い出、哀惜する気持ち、自分史を振り返る感慨などで、気分がジェットコースターのようにアップダウンします。

翻弄されないよう、一応気を引き締めて行ったつもりでしたが、ふとした瞬間に顔を出すものがありますね。こういうことにも耐えられるくらい、つよーい大人になって、思い出に直撃されても金剛力士像のように踏ん張っていられるようになりたいです☆





          クリスチャンが増えている!?


アメリカの調査会社ギャロップの調べによると、最近日本ではクリスチャンが増えていて、人口の6%にも及んでいるのだとか。えっ、1%もいないって聞いてたんですけど!?

6%は大げさだとしても、増加傾向にあることは他の調査でも出ているようで、私の認識と違ったなーという感じ。いえ、以前はその認識で正しかったのが、時間が進んでズレてしまったんですね。

つまり私の認識が古くなったということです。由々しき事態ですよ、古いって何か恥ずかしいし。認識が古ければ、出すアイデアも古く、それに基づいく行動も…。自分の古さを一掃したいです。

古い自分が握ってしまっていることがあれば、新しい世代に受け渡して、自分の属する世界でも新陳代謝をしなければと思いますし。新しい人をしっかり応援していくことを楽しみにして♪

人は母の胎に入ってもう一度生まれることはできないけれど、自分の原点みたいな地を踏むことで、もう一度自分を新しくしようと思うことがあるようです。外は雨。でも心には陽が差し込んできました。「雨でもハレルヤ」って、こういうときに使うクリスチャン・ジョークなのかな?





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